【コラム】愛くるしい狂犬!”THE PITBULL”エドガー・ダーヴィッツ!

20150409_davids_topphoto:Ford Europe

Pitbull(闘犬)の相性で親しまれた元オランダ代表エドガー・ダーヴィッツ

選手として輝かしい実績・功績を残した選手なのか?
誰もがその選手に憧れを持っていたのか?
その選手のプレーは華麗で誰もが魅了されたのか?

そういう問いがあるのであれば「YES」とは言えないのかもしれない。

足元のうまい、ガットゥーゾ

彼の職場は一言では言い表せないほど複雑であり、十人十色、様々な意見があると思う。
簡潔に話すために、分かりやすく日本で言う“ボランチ”ここが彼の職場であると定義したい。

そして、ダーヴィッツのプレースタイルも一言で表すのは難しい。
縦横無尽に90分間を走り回る圧倒的な運動量、圧倒的な一対一の強さ、綺麗なパスを前線へ供給するというよりは生まれ持った身体能力を活かしドリブルで攻撃に参加するスタイル。
足元もうまく時にトリッキーなテクニックも見せてくれる。
ただ一般的には「番犬」「闘犬」とも言われるくらい、ハードプレスするディフェンス面が特徴の選手である。

よく同じハードプレスを武器とするジェンナーロ・ガットゥーゾと比較されている。
私は「足元のうまい、ガットゥーゾ」が分かりやすい表現かと思う。

経歴は94-95年、オランダの名門アヤックスで、ファン・デル・サール、ライツィハー、ライカールト、デ・ブール兄弟、セードルフ、リトマネン、クライファート、オーフェルマルス等、凄いメンバーと共にチャンピオンズリーグを制覇している。
95-96年では再度、チャンピオンズリーグ決勝の舞台に上がったがユベントスに敗れている。

その後、ACミランを経由し、ユベントスへの移籍を果たした。

ダーヴィッツの一番躍進していた時代

ダーヴィッツの一番躍進していた時代は、私は1997年~2004年 ユベントス時代、ビアンコ・ネロのユニフォームを着ていたときではないか。通算の成績は159試合8得点。97-98シーズン、01-02シーズン、02-03シーズンの3回スクデットを獲得している。

当時のユベントスには豪華なメンバーが顔を揃えていた。
時代はそれぞれ異なるが、ジダン、ネドベド、デルピエロ、インザーギやフォンセカ、アンリ、トレセゲ等々。そして、ダーヴィッツの職場の近くのメンバーも変わっていった。デシャン、ディリービオ、コンテやザンブロッタ等々。

その中でもジダンとデシャン、そこにダーヴィッツが絡むこの3人の構図が好きでした。
ダーヴィッツが番犬のように危険因子を潰し、デシャンがパスを捌き、ジダンが味付け、絞めを行う。
こんな調理の仕方が大好物だった。

Original:juventus1897forum1

俺を試合に出さないなら、チームを去る

一方、ダーヴィッツは問題も多かった。
この時代、スター選手の移籍など様々な動きがある中、ダーヴィッツの不動のレギュラーを確保していた。しかし、休養のためにレギュラーから外された試合中、不満に想った彼が取った行動は、生放送中のカメラに向かってフロント批判を行った。

「俺を試合に出さないなら、チームを去る」

その後、新人の加入等も重なり、ダーヴィッツは出場機会が減少し、2004年ライカールトが監督を務めるバルセロナに移籍。

最強軍団バルセロナ。
当時は一時、低迷期に入っていた。
この低迷期を救ったのはダーヴィッツの加入だといわれている。
ダーヴィッツが加入したことで、守備が安定し、チームが立て直した。
そしてチームが安定したことがロナウジーニョやシャビを開花させるきっかけだとも言われている。

ダーヴィッツは約半年だけバルセロナに移籍し、その後、巨額な移籍金と共にインテルに移籍。
スパーズ、古巣アヤックスを経て、2013年12月イギリスのバーネットで現役に幕を閉じた。

20150409_davids_s1photo:Lee

プレーでもプライベートの事件でも、決して器用ではない。
そんな人間味のあるエドガー・ダーヴィッツが好きだった。

2013年12月28日
2枚目のイエローカードをもらい退場になったダーヴィッツ
試合後に審判へ不満を持ち、現役引退を発表した。

最後の最後が「退場」

なんともPitbullらしく、愛くるしい。

最後はダーヴィッツのプレーをお楽しみください!。

miyao

miyao

千葉県出身。幼稚園の頃から今までサッカー漬けの毎日を過ごしている。 欧州サッカーを中心に土日はサッカー観戦が主な予定。 独自の観点で往年の名選手の紹介などを行い、サッカーの楽しさを伝えたい。

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