祝松本山雅FCJ1昇格!受け継がれる背番号3の意志!


11月1日、J2の松本山雅FCはアウェーでアビスパ福岡を2−1で破り、自動昇格圏内の2位を確定しました。松本山雅はJリーグ参入から3年目で初のJ1昇格となり、長野県のクラブとしては初のJ1クラブ誕生となりました。

試合は前半をスコアレスで折り返すと、後半57分にFW船山のゴールで松本山雅が先制。71分にFW山本が追加点を決め勝利を大きくたぐり寄せます。その後、79分にPKで1点を返されたものの、残り時間を凌ぎ2−1で勝利しました。

受け継がれる背番号3の意志!

20141102_yamaga_s1photo:Norio NAKAYAMA

勝利が決まった瞬間ユニホームを脱ぎ捨て、”ありがとう松田直樹”と書かれたアンダーシャツ姿でピッチで号泣する男がいました。

それは、今季から故郷・松本山雅に移籍し、松田直樹の背番号3を引き継いだ元日本代表田中隼磨です。

田中隼磨は、2011年8月4日に元日本代表松田直樹が急性心筋梗塞で急逝して以来、空き番号となっていた3番をつけ、「絶対に1年で山雅をJ1に上げる」「かつてチームメートだった松田さんが諦めざるを得なかったJ1昇格の夢を叶える」という確固たる決意を持って2014年シーズンを戦いました。

嫌われ役を演じ、厳しくチームメイトを鼓舞する姿は故・松田直樹を彷彿させるものでした。この試合でも、2点目を決めた山本が不甲斐ないプレーをしていると試合中にビンタ!その後、目を覚ました山本は勝利を決定づけるゴールを決めました。

松田直樹と田中隼磨。背番号3を付けた2人の選手が松本山雅にもたらした功績は計り知れません。

痛すぎる代償・・選手生命も危ぶまれる怪我の中プレー

福岡戦の記者会見で反町監督が「隼磨は明日からサッカーができません。ひざの状態がよくないから。本人は今日までは痛い顔一つせずにやってきたけど、相当痛かったと思います」と発言。5月24日のジュビロ磐田戦で大怪我をしていたことが判明。

この右ひざ半月板というのは松田が以前やったのと全く同じ箇所の負傷。「正直、『マツさんは何でこんなイタズラをするんだ』と思った。あの時点で休んで治療してたら夏くらいには治ってたかもしれないけど、俺はJ1昇格するために戦うことを選んだ。今年に賭けたんだ」と田中は選手生命が危ぶまれる怪我の中、プレーを続行していたことを打ち明けました。

故郷のクラブをJ1に上げるため、そして故・松田直樹との約束を叶えるため選んだ選択でした。

田中隼磨の強い意志、熱いハートは松田直樹にも届いたのではないでしょうか。

これから、しっかりと休養をとりJ1での活躍を心から期待したいです。

Shun

Shun

静岡県出身。小学校から大学まで16年間本格的にサッカーを続ける。大学ではスポーツ科学を専攻し、イギリスへのサッカー留学も経験。サッカーの魅力を独自の視点から伝えることで、日本サッカーの発展に少しでも貢献したい。

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